門弟の声
河合孝彦様のBLOGより抜粋
4年ほど前、左の手首から肘にかけて痛みが走るようになった。さすがに我慢できないレベルに達して病院に行った。
整形外科の先生は、ベンツでも長い間乗ると故障が出るように、あなたの手首も医学的には亜脱臼を起こしたのですよ、と診断された。しかし、その後の話が酷だった。サポーターを巻いたとしても限度があるでしょう、いずれ手術しかありません、金属を入れて固定する方法です、という内容だった。
焦った。
仕事柄キーボードを打つことが多い。スタッフに任せることは可能だが、やはり自分で打ちたい。
WEBで何か方法はないものかと探しまくった。
宇都宮に会津藩の関節治しの秘伝を受け継ぐ熊坂先生という方を発見し、電話をした。
あっさりと「元に戻らないと仕方がないでしょう」と言われ、新幹線で飛んでいった。
宇都宮からタクシーで1メーターほどの距離にある熊坂武術院は、畳12畳ほどの簡素な空間だった。薄い敷布団の上に寝かされて、痛んだ手首をゆっくりと回すようにして関節を治療する。先生は関節が元の場所に収まるように具合を感じながら回している。
3~4分経ったころ、「もう大丈夫でしょう」と言われた。
自分で手首を回してみると、今までの痛みが、まったく無い。
驚いた。感謝感激雨あられとはこのことだ。
もし、あのまま整形外科の先生で手術をしていたらと考えると、ゾッとする。
今まで西洋医学が対症療法であるということは知識として持っていたが、自分の体を持ってその違いを分かった。原因を突き止めるには、西洋医学のアプローチは欠かせないとしても、治療方法には選択肢があると痛感した。
(その後、痛風で苦しんでいた叔父を連れて行ったが、西洋医学で痛風だと判明しないでいったため、結果的にはダメだった。これは、事前に原因を突き止めていないことによる。)
友人や仕事上のお客さんにも話したところ、10人ばかり行くことになり、少しは恩返しができたかもしれない。
少し変わった先生だ。治療中でも禅の話が始まると、止まらない。部屋の片隅には、道元の「正法眼蔵」が置いてある。
3ヶ月ほど前、ジムで無茶をやり、膝を痛めたようだったので、再度伺った。お弟子さんが2人居た。
(http://www.kawaitakahiko.jp/archives/243より)
天心会館(大東流合気柔術)栃木支部様のブログより抜粋
真岡支部所属のヒダカです。いつもお世話になっております。
先日の稽古でお話したが、関節痛をすぐに直してくれる熊坂武術院を紹介します。
正座が出来なくなっていた私の膝痛もお蔭様でかなり良くなりました
(https://8929.teacup.com/tensin/bbs/128より)
黒磯治療院様HPより抜粋
大東流整体術(会津古伝整体のこと)は現在の慰安的整体術ではありません。
独特の股関節・肩関節矯正術を中心治療とする、会津藩秘伝の強力な根本療法の整体術である為、骨格が歪み、体が固まっている病的な人程、最初の頃は治療がキツク感じ、揉み返しなどの反応が出る場合もあります。
しかし、これを乗り越えなければ、真の健康体など絶対に望めませんので、そのつもりでお越し下さい。
やさしく擦っていては何も変わるわけがないのです。
ですが、骨格が整い、体に柔軟性が出てくると、治療中に寝ている方も多くおられますし、実際に子供さんから80代の方までお越しになられておりますし、お医者様にもメンテナンスとして利用して頂いております。
つまりそれは、大東流整体術などと言うものですからさぞかし恐ろしいことをされるのだろうとよく思われるのですが、テレビでやっているような非科学的、医学的なボキボキ療法や、荒っぽい療法ではないからだということの証明だと思いますので、どうぞ御安心してお越し下さい。
(http://www.geocities.jp/tetsu7221/page002.htmより)
徳留治療院様 HPより抜粋
熊坂武術院では故渡辺一先生より受け継がれた熊坂護先生に大変お世話になりました。熊坂先生の関節整復の技は勿論のこと、それよりも関節の原理が感覚的に理解できたことにあります。それからというもの揉み技が飛躍的に熟達しまして、関節技と共に拝借しております。この場を借りて感謝の意を申し上げます。
前項の赤ひげ堂に入門する前から熊坂先生の存在は知っており、本来は熊坂武術院に入門することを考えていました。ところが宇都宮市に在住であった為、新宿区にある鍼灸学校との距離を考えると頻繁に通うことができないと思い先送りすることにしました。
私は教科書から学ぶタイプではなく現場にどっぷり浸かって後から教科書を開く学び方でしたので、臨床経験が積めて且つ技術を究めているようなところが上記の赤ひげ堂であった訳であります。結果的に赤ひげ堂の方が “見て触って”の場数や練習量は格段に多く、そのお陰もあって熊坂先生の難解な関節整復法を理解するのが早まったと思います。
鍼灸学校の卒業後も熊坂先生の所へ通いましたので、私が受け持った患者さんで改善しなかった場合は熊坂先生の所へ連れて行くこともありました。そこで熊坂先生のやり方を学んだものです。ただ後に私が悔やんだことは、その時に熊坂先生に支払われる施術代を患者さんに負担させてしまったことです。患者さんからのお咎めは全くありませんでしたが、私の真心の不足さに反省をし、これは早く技を上達させて自分のものにしようと奮い立ったことを覚えています。
熊坂先生の師匠であった故渡辺一先生はあまり技を公開されなかったようで、”自分の代でこの技は終わり” と言われていたお話を伺いました。また効果も凄まじく、周りのお医者さんからよく思われなかったようです。そのようなことが理由なのかは分かりませんが、賽銭箱でやっていたと熊坂先生から聞いたことがあります。
熊坂先生は技を学んでいる時期は、その場で治らなかったりすると夜も眠れなかったと経験談をお話しされたこともあります。私もこの関節技を学ぶにあたり何度も壁にぶち当たりました。師匠の教わった通りやってもうまくいかないのです。そんな時はとても悔しくて、熊坂先生と同じように眠れない日もありました。私を信じて頂き、体を任されたたことに対して報いることができなかったことがとても苦しかったのです。当時の私は、この時に受け取るお金ほど心痛いものはありませんでした。
こんな素晴らしい技を授かるには、私利私欲に塗れた愚人には到底理解できないようになっているのだと私は思います。たとえ型を学んだとしてもその秘奥にある真髄には達することができず堕落の技に成り代わってしまいます。会津藩に残存した柔術の関節整復法が途絶えなかったのは艱難辛苦に耐え忍んだ熊坂先生のお陰だと思います。
日本古来( 正確には江戸末期だと思います )からある関節整復法を知る方は日本全国を探しても熊坂先生のみで、一応にも私は受け継いでおりますが、この技において「〇〇流」や「誰々を祖とする」といった表現を用いて自らを権威付けすることは致しません。技や術というものはどれも素晴らしいものではありますが、その極意や根幹にあるのは真理(神理)といったものであります。そして私が辿り着いた境地は、静寂とはいえ躍動もあり、” 往きたいところへ往けばよい ” という自由極まりの無いものでした。もしそこに利己愛(エゴ)があると自分勝手に陥り、良くなるはずが悪くなるものだと思います。※熊坂護先生は今のところ後継者はいないと仰っています。
全ての技や術、学問や武芸というのはこのような真理(神理)といった源泉に達する為の方法論にしか過ぎないのだと思います。そしてその源泉は枯れることを知らない無限の力があり、技や術は全てそこから生まれるものであると信じています。つまり自分自身が本物にならなければ、私が受け継いだ技や術も偽りになってしまうということです。まさに 心・技・体 と言ったもので ” 真の教えは教えの中にあらず “ 「教外別伝・不立文字」という禅宗の言葉があります。日本文化は全て之であり、己の修養にこそ意義があるような気がしています。
(http://tokutome.jp/about/profile/より)
患者様の声
例1 マウスクリックのやり過ぎで腱鞘炎になりました。注射を2回して、金属ギプスで固定していろいろ治療しましたが直らず、熊坂 先生の治療1回ですぐ良くなりました。腱鞘炎といっても、関節が微妙にずれてい たようです。(35歳・男性)
例2 1995年頃 椎間板ヘルニアを治していただいて以来のお付き合いです。椎間板ヘルニアの原因が骨盤のゆがみだったのです。骨盤を直しても らってから、回復。最初の治療後2〜3日で痛みが引き始め、3回くらいの治療で直りました。現役で運動をしているので、すぐに治していただけるのはおお助 かりです。(体育教師・男性)
例3 サンダル履きでハシゴから飛び降りたら足首を痛め、ずっと憂鬱でした。熊坂先生に足首を引っ張って関節を「入 れて」いただいたら「ポキッ」といって元に戻りました。感激です。(29歳・男性)
例4 熊坂先生の治療を見て、即入門しました。自分は長年合気道を やっていますが、これほどの技術は実際に見るまで信じられませんでした。先日も肩を脱臼したての「痛い痛い」という患者さんが見えましたが、1回で治って しまうんですから。6000円じゃあ、安いんじゃないんですか?
例5 左足の開き具合が悪いのは、昔太もも内側の筋肉の肉離れの後遺症だと思っていました。それから20年たった今、熊坂先生に骨盤の調整をしていただくと両足同じくらいに開脚ができ、痛みもない!まさかの感激です!
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